ながの環境パートナーシップ会議 市民の森ながののホームページです

照葉樹林を訪ねて(第二部) 火山巡り編 2009/6/20 絹川 晴彦

  • HOME »
  • »
  • 照葉樹林を訪ねて(第二部) 火山巡り編 2009/6/20 絹川 晴彦

前回は亜熱帯気候の植物がある佐多岬から始まり、原生林の様相を維持している照葉樹林の稲尾岳、ブナの南限の高隈山と尋ねてきました。
今回は火山編です。九州は「火の国」と言われるほど火山の多い場所です。
純粋に登山も楽しいのですが、今回は特に火山と植生の関係を見たいと思っています。

最初に訪れたのが「桜島火山」です。
桜島ビジターセンターでの解説他によると、桜島火山は標高1117m 東西12Km 南北10Km 周囲55kmの活火山です。
この火山の成因は、今から遡ること約2万5千年前、鹿児島湾北部の場所で大噴火が起こり直径20Km周囲60km.に及ぶ「姶良(アイラ)カルデラ」が形成されました。
やがてカルデラの一角が崩れて海水が浸入して現在の鹿児島湾北部となったのです。

この様子は下の鹿児島湾北部の衛星写真見るとカルデラの形がクッキリと見えています。海の中に孤立しているのが桜島です。
カルデラのため湾内にもかかわらず水深は約200mもあり、現在も海底からは火山性ガスが噴出している。
その後姶良カルデラの海底の一部に海底火山が発生して噴火を繰り返し次第に成長して島となったのが桜島火山である。(すごい話ですね)

近年の噴火の歴史は西暦700年ごろの大噴火、1470年代の文明の大噴火、1800年代の安永の大噴火、1910年代の大正大噴、1940年代の昭和大噴火が記録されている。
その中で最近の安永と大正と昭和の溶岩台地の植生を見学した。

image003

姶良カルデラと桜島火山の航空写真

高隈山から下山し林道を戻り垂水市に入り、国道220号線を北上。
15分ほどで桜島口に到着。もともと桜島は島であったが、大正3年(1914年)の噴火で流れ出した溶岩で大隈半島と陸続きになった所です。そこから国道224号線で

桜島を右回りに回り始めました。国道は海にまで流れ出した大きな溶岩台地の中に入りました。
ここは大正溶岩台地と言われ、大正3年の噴火で溶岩が流れ出したものです。
ここの植生はススキと樹高数メートルほどのクロマツが波打ち際まで続いています。
溶岩の流出によりすべての植生が失われてから約100年間の一次遷移の結果です。

群馬県境にある白根山の最後の噴火は明治15年で、噴火から125年経過しているが、やっと疎らにカラマツの幼木が現れた程度の一次遷移である。
これと比べて桜島火山の植生回復のスピードが速いのは暖温帯と亜高山帯気候の違いによるものなのか? 思っていたより速い。

image005

大正溶岩台地の植生(100年経過)

次に訪れたのが「有村溶岩展望所」と言う場所で、最も新しい昭和溶岩台地です。
ススキやイタドリの草本に混じってヤシャブシやクロマツの幼木が育っていました。噴火から約60年の一次遷移の結果です。

 

 

 

 

image007

昭和溶岩台地の植生(60年経過)

最後に訪れたのが約200年前の安永大噴火の溶岩台地。 さすがに200年も経過すると常緑広葉樹のタブノキやシイノキが茂り、中に混在しているクロマツは劣勢に見える。 もはやクロマツの世代交代は不可能で近い内に照葉樹林と変わって行くものと思われる。

 

 

 

 

 

image009

安永溶岩台地の植生(200年経過)

60年、100年、200年と同じ地域で遷移段階の異なる植生を観察できるのは桜島火山すばらしい所だと思いました。 最後に昭和の大噴火で埋没した黒神埋没鳥居を見学し、改めて噴火のすごさを実感した。

 

 

 

image011

黒神埋没鳥居(元の高さは3mが火山堆積物で埋没して1mの高さになっている)

今夜の宿は「道の駅たるみず」である。海岸にあり眼前には煙を吐く雄大な桜島火山を眺めることが出来、更にレストランと温泉とスーパーマーケットがある。 明日の食料調達の後ゆっくりと温泉に浸りおいしい魚を頂いて就寝。 さー。明日は霧島連山だ。

今日は霧島山に来ました。 霧島山は鹿児島県と宮崎県の県境に広がる火山郡の総称で、霧島山と言う山はありません。 この霧島火山郡の活動は今から100万年以上前から始まっており、最近でも時々小噴火をしています。

この連山には主要な山としては東から高千穂峰、新燃岳、獅子戸岳、韓国岳をはじめ15山ほどあり、 又大浪池、不動池等の噴火口跡の池も沢山あり大小合わせて48池と言われています。 霧島と言えば1934年に「霧島国立公園」として日本最初の国立公園に指定され、現在は拡大されて「霧島屋久国立公園」になっています。 又、神話の世界との関係も深く、天照大神の孫にあたるニニギノミコトが国を治めるために天上界から降臨した場所がこの高千穂峰であり、 そのニニギノミコトを主祭神としている霧島神社があります。

今回はその神話の舞台となった高千穂峰と同火山郡の最高峰の韓国岳を目指しました。 まずは山行の無事を祈って霧島神宮にお参りに行きました。 社殿は大きな森に囲まれた朱塗りの美しい荘厳な建物でした。 境内には樹齢800年と言われるスギの大木があり、九州のスギの先祖との標識がありました。

image102

霧島神宮

image106

御神木

image104

霧島神宮にお参りの後、車は林道を走り「高千穂河原ビジターセンター」に到着。 登山は霧島神宮跡への石畳の参道歩きで始まった。参道奥には「天孫降臨ヒモロギ斎場」があり、霧島神宮の跡である。 霧島神宮はもともと高千穂峰と御鉢火山の鞍部(標高1400m)にあったのですが、約1400年前の噴火で消失しこの高千穂河原に再建された。

しかし、ここも1000年前の噴火により再び消失し、その後480年前に霧島町の「侍世」に建て替えられたのが現在の霧島神宮である。

image108

天孫降臨ヒモロギ斎場

高千穂峰への登山道は斎場前から右折し自然研究路の整備された小道を登って行く。 やがて林が切れ赤黒い火山堆積物がゴロゴロした歩きぬくい登山道に変わる。

先ずは晴天で日光を遮るものもない登山道を、汗をかきかき御鉢火山を目指し約1時間半ほど歩き巨大な噴火口に到着。 この御鉢火山は1235年に大噴火し、1923年7月11日に小噴火し現在に至っている。

image110

御鉢火山の火口壁からの高千穂峰

登山道は一旦鞍部に下った後、砂礫の崩れやすい登山道を30分程登る。

標高1574mの展望抜群の頂上に到着。高千穂河原から標高差520mを約2時間半の行程。 頂上について先ず驚いたのは「日の丸」の旗が風にはためいており、更に金属製の「鳥居」と「天の逆鉾」が頂上に刺さっていた。

通常なら登山対象の山頂に日の丸があると奇異に感じるが、天孫降臨の伝説の場所であり違和感はなく、 霧島神宮→天孫降臨ヒモロギ斎場→高千穂峰と歩き、最後に伝説の始まった場所に到着したためか厳かな雰囲気を感じた。

image112

高千穂峰山頂(天の逆鋒、鳥居、日の丸が印象的)

山頂で2時間ほど昼食と大展望を楽しんだ後下山開始。
下山後、明日の韓国岳登山に備えてコースの下調べに出かけた。
今夜の宿は高千穂河原の駐車場で車中泊。
晴天と人工の光が皆無のため、高千穂河原の夜の空は満点の星空。
双眼鏡を取り出して1時間ほど星空ウオッチングを楽しみました。
(星ってのはこんなに沢山あったのか???)

第二部はこのへんで終了です。

里山雑記帳

PAGETOP
Copyright © 市民の森ながの All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.